ヒトリゴト日記

子育てや趣味に関する日々のヒトリゴトを世界に届けます

合理的配慮と態度

いよいよ明日から夏休みです!(*^^*)

長期休みはイライラすることもありますが、学校の心配をしなくていいですし、お弁当を作るプレッシャーからも逃れられるという利点があるので意外と私は気がラクだったりします。

 

さて今回は、先日あった個人面談について書いてみようと思います。

 

 

ノートに関する問題

 

面談では、幸い今すぐどうにかしなくてはならないような課題はありませんでしたが、息子の認知の歪みや、決定権の誤解からくる課題がいろいろと明確に表れてきたように感じます(^^;

 

でも、先生方も息子のそういう点を『息子本人が生きやすくなるための課題』として把握してくれているので、長い目で見守ってくれている状態ですね。

息子の特性は学校生活でどうしてもネックになることでもあるので、そういう部分を単に問題視するのではなく、長期的な視点で見てくれることはとてもありがたいと思います。

 

 

授業に関しては、交流級の先生曰く、基本的に息子も他の子と同じように参加はできているそうです。

時には挙手をしたり、みんなの前で解いてみたりすることもあるんだとか(^^)

やはり、低学年の時に比べると“授業に参加する”という点ではかなり変化があったように思います。

 

ただ!

相変わらずなのが『ノートを全部書かない』ということ。

 

ちなみに、去年までは『ノートを全部書かなくても理解できていればいい』という方針で交流の授業に参加していました。

これは、息子が交流に参加する目的の大部分が『板書』以外の面(授業に参加する・グループ活動では役割を考えるなど)だったからです。

 

 

『 では、今年も同じようにノートの件はちょっと目をつぶってもらって…』と考えていたのですが、息子も成長してきた分、今までより求められることも多くなってきたので状況は少し変わってきました。

 

 

アウトプットする力

 

例えば、算数の場合だと、基本的に毎回以下のような項目をノートに書くことになっています。

  • 今日の目的
  • 問題
  • 考え方
  • 他の人の考え方
  • 答え
  • まとめ

 

息子が書かない部分は『考え方』のところ。

わかっているから書くのが面倒らしいです…(-_-;)

 

確かに、単純な問題であればあるほど、いちいち考え方を書くのは面倒というのはわかりますし、そもそもノートというのは自分で内容がわかっていれば書き方の制限をされるものではないというのは大前提だと思います。

 

でも、息子が『考え方』を書かないのは、アウトプットが苦手だからという理由もあると私は考えています。

自分の考えを視覚化したり、人にわかりやすい形で表現するのは本当に苦手な部分ですから。

さらに、息子の場合は『書かなくても相手もわかっている』という思い込みや認知の歪みがあるので、放っておくと“主語がない”とか、“主語述語だけで具体的な詳細が書いていない”という表現になってしまいますからね(^^;

 

“ノートを書かない”という現象も、単に面倒だからということだけでなく、

実は息子のいろんな特性が絡み合った結果なんだと思います。

 

 

問題を解くという単純な学習面の『考え方』に関しては、自分の頭の中だけで理解できていれば特に問題はないのかもしれませんが、自分の考えを可視化すること自体はもっといろんな場面で必要になるスキルだと私は思っています。

特にこれからの時代は明らかにそういうものが求められますよね。

ですから、『ノートを書く』ということが大事なのではなく、頭の中を整理して何らかの形でアウトプットすることが大切なんだと思っています。

そのために、このような『考え方』をまとめてみるという取り組みを私は軽視したくないのです。

 

 

ただし!

ノートを完璧に書くことにばかり集中させたら、そもそも内容を理解する方に集中できなくなる恐れがあるので、それでは本末転倒です!

あくまで、息子が無理のない範囲でという感じですね。

息子の場合は、最初から『苦手だから(面倒だから)書かなくてもいい』と言ってしまうといつまでたっても変わらないのでそれはナシです。

 

 

 

ノートに書かない時に、息子は何をしているのか

 

みんなが『考え方』をノートに書いているときに、息子は一体何をしているのかというと…

筆箱などをいじったり、時には酷い姿勢で椅子に座ったりしているそうです…(´Д`)

 

まあ、筆箱をいじるくらいなら周りの邪魔にもならないので許容範囲のようですが、ふんぞり返って酷い姿勢で座っている様子は正直態度が悪すぎてアウト…。

 

 

でも、こういうのって難しい問題だと思うんですよね。

 

息子は合理的配慮のもと、ノートを完璧に書くことは免除されているけれど、すぐ近くには真剣に書いている子達がいるわけで。

その空間でそういう態度をとっていると、やはりいいようには思われないというか。

 

似たような事例で、LD傾向のあるお友達が、みんなが板書をしているときに自分はカメラで撮るだけだからと暇を持て余して近くの子にちょっかいをかけていたということがありました。

 

合理的配慮によって本人は楽になるけれど、それによって待ち時間が生じたりしたため、問題とされる行動をする時間になってしまうというジレンマ。

 

交流で一斉授業を受けるということは、こういう時の過ごし方も考えておかないと合理的配慮だけしてもらってもすべて解決とはいかないんだと思います。

クラスの子がいくら障害について理解してくれても、本人の態度次第では…というところも正直あると思うので。

かといって、申し訳ない顔をしてしおらしくしなきゃいけないわけでもないですしね。

 

今の学校では、学び方の違いは認めてもらえても、同じ教室で同じ進み方をする以上、楽をしているように見えてしまう態度はよろしくないというのが現状なんだと感じます。

 

それならば支援級で自分のペースで授業を受けるのが効率的とも言えますが、息子の場合は交流級という場で授業を受ける経験からいろんなことを学んでほしいので、それは私も学校側も考えていません。

 

そこで、『考え方』をノートに書かない(書けない)なら、頭の中でもっと深く考えてみるとか、違う問題の解き方を考えてみる時間にしてもらうのはどうかという提案を先生にしてみました。

 

その際も、『ノートに書いてみよう』とまず勧めるのはいいけれど、強制するのはナシということは先生もよーくわかってくれていましたよ(^^)

 

ただ、息子の場合は自分で勝手に何でも決めてしまうところがあるので、“『考え方』をかかないなら〇〇して過ごして”という指示を素直に聞くかどうかはまた別の話になるのが厄介なところ…(´Д`)

 

というか、前述したように、

すべての課題に特性が絡み合っているので、『こうしたら完全に解決!』とはいかないということを最近痛感しています…。

 

 

とりあえず、酷い態度で待ち時間を過ごすことは稀なようなので、少しずつ様子を見ながらまた対策を考えていくつもりです。

 

↓ 文中に出てくる“決定権を誤解する子”はこちらの書籍が参考になります(^^♪


決定権を誤解する子、理由を言えない子―発達障害がある子に誤解をもたせない育て方のポイント (学ぶ・理解する・教える“まりおシリーズ”)